仕事が終わりの帰宅途中、携帯電話に見なれない番号からの着信があった。

市外局番は”023″
なんとなくこの電話の主は誰か分かっていた。
ちょっと笑いながら「もしもし?」と着信にでると、聞きなれたしゃがれ声が聞こえる。
「お~、元気にしとるんかね?」
これは山形に住む一人暮らしのオレのじいさんだ。

電話の内容も分かっている。先日祖父のために購入した”階段昇降機”を使っているという喜びの声だった。
実は先月の敬老の日、祖父に階段昇降機をプレゼントしたのであった。

正確に言うと”いす式階段昇降機”、1か月前の自分であればなんぞやと思うところなのだがネットで調べ上げたので階段昇降機が何者かはよくわかる。
簡単に言うと地下鉄やJRの階段の脇に付いている車椅子用のプラットフォームの昇降機をイメージしてもらうと分かりやすい。
コレが椅子のカタチに姿を変えて、階段昇降機として高齢者や体の不自由な人のために階段を昇り降りしてくれるものだ。

そしてこの階段昇降機を使ってどれだけ生活が変わったのかを教えてくれた。2階に上がり、大好きなベランダから見える景色や日当たりの良い寝室で目覚める朝の気持ちよさ。
こんなに元気な祖父の声を聞くのは祖母が他界する前のことなので、実に5,6年も前のように思える。
祖父に感謝されるのはおそらく初めての事で、照れくさくて上手く喜びを表現できなかった。
でも電話を切った後、なにか嬉しくて少しくすぐったい気持ちになり仕事の疲れなんて吹っ飛んでしまっていた。

そもそものキッカケは初めてもらったボーナスの使い道。
同期はブランドものの時計や財布の話で盛り上がっていたが、自分としては親を旅行に連れていく予定だった。
ただ、なかなか日程や行く先も決まらないでいたところ、両親は先に結婚記念日に2人で旅行に行ってしまい機会を失ってしまった。この世知辛い世の中、貯金がベストかなぁなんて考えていた。

そんな折、じいさんが救急車で病院に運ばれたというニュースが飛び込んできた。
もともと俺はじいちゃん子なので心臓が掴まれるかのごとくあせったが、どうやら階段から滑っての打撲ということで事なきを得たらしい。

「最近、じいさんに会ってないな。」

ちょうど夏休みですることも特になかったので、久しぶりにじいさん顔を拝むかと思い新幹線に飛び乗った。

小学生の頃は祖父の家に行くのが楽しみで、運動会と同じ位ワクワクしていたのを覚えている。
山形の市内ではあるがジブリの”おもひでぽろぽろ”の舞台にもなってたいので、金曜ロードショーで放映するたび、友達に自慢していたのを思い出す。
インターホンも鳴らさずにを「じいちゃん着いたよ!」なんて言いながら家に入ると笑顔で迎えてくれた。
「よく来たのー、見るたびにデカくなってるな。」これはいつもの口癖。
昔は行くたびに同じセリフを言うから、ツッコミを入れたらじいさんが子供の頃に同じことを言われていたらしい。
ただ、久しぶりに見るじいさんは痩せて、少しやつれているように見えた。
大きな病気を持ってはいなく本人は「元気だ。」というが、腰もヒザも良くないため居間で一日を過ごすことが多い。

ひとしきり自分の近況報告をした後、お茶を飲みながら二人でテレビを見ているとじいさんが突然「ヒロ、頼みたいことがある。」と茶碗を置いた。
「なに?遺産の話??」なんて言いながら笑って返すと、「二階にどうしても上がりたい。手伝ってくれ。」と言って立ち上がった。
理由はすぐに分かった。じいさんにとって二階の縁側は家の大好きな場所だということを知っていたからだ。
「わかった。いこうか」

じいさんの左膝は水がたまりやすいらしく階段や坂道を登るのに普通の人の5倍位の時間がかかる。
もう少し元気な頃は手すりに掴まりながらケンケン片足で登っていたが、今は一人で二階に上がるのはでむずかしい。
しかも階段は踊り場がない15段ある真っ直ぐな直線階段だ。階段から滑り落ちてしまった時は、あともう少しという所で滑ってしまい、下に流れるように落っこちてしまった。
転んでしまった時はなんとか自分で救急車を呼ぶことができたが、骨折や頭を打ったりしたらと思うとゾッとする。

はじめはじいさんのお尻を押すようなカタチで階段を昇ろうとしたが、腕の力が弱くなっているせいか自分の体重を支えることができない。
途中から腰に手を廻し、抱きかかえるように一緒に上がっていく。
苦しそうな呼吸と共に一歩、一歩あがっていく15段の階段。
普段は気にすることなく、ものの5秒あれば昇れる階段はじいさんにとって遠くて長い急な坂のように感じているようだった。
息を乱しながら、最後はオレにもたれかかるような格好で階段を登りきった。

階段を昇りすぐに向かったのは、もちろん二階の縁側だ。

そこにある並んだ二つのデッキチェア。

じいさんとばあさんがよく座っていたデッキチェアだ。
その指定席によろけながら座り、息を整える。
「じいちゃん、水持ってこようか?」
「いや、あったかい茶がほしい。」

すぐに居間にもどり湯をわかし急須と茶碗をもって上がった。
その頃には切らしていた息も元に戻り、じいさんは椅子に腰掛ながら左手はもう一つのデッキチェアに添えていた。
なんて言っていいかよく分からなくて
「寂しい?」って聞いてしまった。

じいさんはやさしい顔で「寂しいな。」とだけ答えた。

ちょうどひぐらしが鳴き始めた夏の終わり。
二人で日が沈むまでぼんやりと山や川を眺めていた。
じいさんの表情は、本当にリラックスしている感じだった。

言葉では言い表せないが、なんとなくじいさんとばあさんがこの二階の縁側が好きな理由がわかったような気がする。
そういえば昔、何時間もそこにいる二人に聞いたことがある。
「なんでそこにずっと座っているの?」
ばあちゃんは笑いながら「なんでだろうねぇ」と答えていたのを覚えている。
短い夏休みを終えて、アパートに帰るとオレはすぐにパソコンを開いた。
そして初めてのボーナス、じいさんのために何かしてあげたいと思っていた。

はじめに階段の手すりを考えた。
ただよく考えてみるとあの家の階段幅はかなり広い。じいさんを抱きかかえて登った時、大人2人がゆうに並べるほどの階段幅があった。
おそらくじいさんが両手を使えば自分の体重を支えることができると考えたが、階段の両手を広げても届かなそうな感じだったので手すりという選択枝は消えてしまった。

どうしたものかと介護系の通販サイトを見てみたもの階段の踏み面にひく滑り止めのマット位しかなく、なかなかピンとくるものがない。

そんな折、あるブログに出会った。
「階段昇降機とオフクロ」という内容だったと思う。
なんと検索してたどり着いたのかは忘れてしまったが、どうやらオレのじいさんのようにどうしても階段に上りたい理由があり、”階段昇降機”を購入してオフクロに最後のプレゼントをすることができたという話だった。

このブログを見ることにより、どれだけ昇降機が生活の一部になりえるのか。また、昇降機を買う時の流れのようなものを頭に入れることができた。

その日から階段昇降機のことをできるだけ色々調べた。
日本には国内から海外まで様々な昇降機メーカーがあり、それぞれが機能やデザインなど様々な特徴を持った昇降機を紹介していた。
そして色々と昇降機を調べるうちに、階段昇降機とホームエレベータの比較が大きく取り上げているのがわかった。
なるほど、用途として階段昇降機とエレベーターは同じ部類にはいる。
が、どのページを見てもホームエレベーターの設置費用やランニングコストはハンパじゃないことは分かった。
また建築基準の観点から見ると、階段昇降機に比べホームエレベーターは色々な書類の提出やら申請が必要らしい。
やはり昇降機がベストだと感じ、それであれば次は価格帯を調べることにした。

ここで階段昇降機は
直線式階段昇降機と曲線式階段昇降機に分けることができる。

今回のようなまっすぐ階段には直線式階段昇降機。
そして逆に、まっすぐではない踊り場があったり、曲がりやカーブしているような階段には曲線式階段昇降機が設置される。

これは直線式昇降機と曲線式昇降機のレールがそれぞれ別ものだからだ。
つまり曲がった階段には直線式階段昇降機はつかない。

反対に曲線式階段昇降機はレールをいろいろなカタチに曲げることができるので、カーブしている階段はもちろん、まっすぐ階段にも設置が可能ということだった。

次に、色々な昇降機メーカーに電話して概算の金額や見積もりをとった。
直線階段昇降機は50~70万
曲線階段昇降機は120~160万ほどらしい。

やはり曲線タイプの昇降機レールはれぞれの家の階段に一軒一軒合わせたオーダーメイドのレールになるため、また曲線式昇降機の内部構造やメカニズムも直線式昇降機とはまったく別物になるために金額も倍近くなってしまう。

幸いじいさんの家はまっすぐ階段なので価格は抑えられそうで、ギリギリ夏のボーナスで支払える昇降機メーカーに決めた。
よくいうボーナス一括払いという言葉を耳にするがこういうことか。
世の中のお父さんはボーナスはもらえるが、自分のためには使えないことがよく分かった。
でも、家族や自分の大切な人に使えるのであればこれも本望だ。結婚は墓場という上司の言葉を真に受けていたオレも考え方が変わったように思う。
ただ、契約の時0.1秒程ハンコを押すのをめらったのは自分の心にしまっておこう。
注文すると早いもので2週間後に昇降機の設置が決まった。
じいさんは最初のうちこそ、断りはしたが最後の恩返しだと思って受け取ってくれと説明すると
「あと10年は生きるから”最後”じゃないぞ。」と言い、笑いながら「ありがとう。」と言って昇降機の設置を了承してくれた。
昇降機の施工はなんと1日で終わってしまった。
その日の夕方には引渡しが終わり、購入した昇降機メーカーの営業の人から連絡があった。
昇降機の操作方法はさほど難しくないらしく、じいさんは嬉しそうに昇降機で階段を何往復もしていたと教えてくれた。
じいさんの笑顔を取り戻すこと、そしてまた元気になってくれたことが心の底から嬉しかった。
これからは毎年顔を見せにいかなくてはなんて、じいさん孝行も悪くない。
そしてまた二人でぼんやりと二階から見える景色を眺めながら、色んな話をしてみたい。
うんと長生きしてほしい。
まだまだいっぱい思い出がつくれそうだ。